茨の森に 眠りし姫は…  〜 第一部 後編 波の随に side


        



 その事故が起きたのは、師走に入る直前だったか、それとも入ってすぐの頃合いだったか。不景気とはいえ、それでも年度末を前にして、人も物資もその居どころを せわしなくも置き換え続けるのが常態化する時期であり。あってはならぬことながら、それでも そんな中にはありがちな、人手不足や過労から来た不注意が原因か。都内の動脈、国道と高速を結ぶ幹線道路にて、大きなコンテナ車の絡む、結構な規模の車両事故が起きた。冬場の早い日暮れ時、街灯の明かるみが助けとなるにはまだ早い時刻。それでも暮れなずむ宵の中に鳴り響くは、殺到する救急車両の各々が放つサイレンの重奏で。原型を失った破損の様が何ともむごたらしい大小様々な車両の狭間を、中に生存者が居残ってはないかと、確認に走っては車体を叩く消防隊員らの怒号が飛び交い。現場を鮮明に照らす投光機が無気質な光を投げる中、巻き添えを食った歩行者も含め、負傷した被害者が次々と、担架に乗せられ運び出されてゆく。


   ―― そんな中に、彼は 居た。





    ◇◇◇



 新聞配達に 豆腐屋さんやパン屋さんなどなどと、朝も早くからの働き者にも数あれど。そんな働き者さんたちの目覚めのお供といや、昔はラジオだったろが、今はテレビの時間表示と天気予報じゃあなかろうか。勿論のこと、眠ってる間や未明に起きたらしい、事故や事件を報じてくれるのも助かるが。起き出す時間帯の異なる全ての視聴者に満遍なくお届けしようと思ったら、同じニュースの狭間狭間に、ちょっとした方向転換として、グルメ情報だの、今時のトレンドだのという話題も盛り込まれ。局や番組によっては、朝っぱらからの芸能情報、誰と誰とが熱愛中だの破局しただの、そんな話題はどーでもいいとする人も少なからずの時間帯から、扱っていたりするものだから、

 「………。」

 画面の隅のお天気情報が、なかなか当地のそれへと切り替わらぬので、携帯の専門サイトで見たほうが早いと思い立ち。ならばと、テレビを消そうと仕掛かった、次男坊の手が ふと止まる。

 「久蔵殿?」

 そろそろ出ないと朝練に遅れますよと。朝食に使った食器を片付けていた手を止めて、キッチンからお運びの家人の気配に気がついて、だが。ああそうだそうだと切り替えず、むしろ、ほらと画面を見るよう促す彼であり。画面に映し出された映像は、薄暗い中の事故現場という修羅場のもの。

 「うあ、これはまた…大変な事故だったのですねぇ。」

 確か昨夜のニュースでも報じていた、多重の玉突き衝突事故。随分な被害が出たとかで、七郎次も思わずのこと、時折 車での直帰となる御主を案じ、勘兵衛の帰宅のルートに及んではいないかと、胸元押さえて落ち着けなかったほどだった一件、ではあったが。

  それにしては…同じ名前ばかりが連呼されているような

 どうやら とある芸能人が現場に居合わせたという方向からの、扱われようとなっているらしく。

 「??」

 家事をこなす関係で、家にいることが多い七郎次だが、だからと言ってワイドショーばかり見まくっているわけでなし。ましてや芸能関係の話題なぞ、社会現象とまでなっていることでもない限り、ほとんど知らぬ、ある意味、立派に世間知らずなお人なので。こうまでの扱いを受けるお人が、だが、彼には どこの誰なんだろうという把握である模様。片やの久蔵には、もちっとほど関心の持てる話題であるようで。

 【 というのが、河西くんは丁度舞台挨拶のために…。】

 レポーターが語り始めると同時、スタジオの背景にもなっている大きなプロンプター画面へ別の映像が映し出されて。どこぞかの映画館だろうか、緞帳が降ろされた舞台前へと、袖から姿を現した青年、いやさ、久蔵と余り年齢も変わらないほどだろう少年へ。次々と限
(きり)のないフラッシュが焚かれているのが、どれほど話題の人かを知らしめてもいるのだが、

 「久蔵殿は御存知なお人なのですか?」

 鋭角な面差しだとか冷然としているとかいう方向での、華やかなという特徴を帯びた面差しではないけれど。何とも瑞々しい優しさ、たおやかという印象のする若者であり。涼やかな青玻璃の双眸から察するに、金絲の髪は役のためにと染めたそれじゃあないものらしく。

 「河西、七郎次…あらま。」

 おやまあ、わたしと同じ名ですねぇと、そこでやっとのこと、久蔵が関心示す理由
(ワケ)へと気づいたようなもの。勘兵衛様と同じ名の人には逢ったこともありますが、こんなお若い方が、わたしのこの名と同じだなんて、今時には珍しい。

 「…?(何故?)」
 「だって。
  勘兵衛様の名は、有名な映画の主人公の名でもありますからね。」

 勘兵衛様の年頃のお人なら、親御さんがファンだったからと我が子へ同じ名 名付けてしまわれる例もございましょう。確か七郎次という人も出て来たから、同じほどの年頃ならば、そちらに縁があってという話も考えられなくもないけれど、

 「久蔵殿と変わらぬほどにお若いお人に、
 “七郎次”とはそうそうつけないと思いますよ?」

 くすすと微笑ったおっ母様だが、まあまあ、こんなお若いお人がこんな事故に巻き込まれただなんて気の毒にと。何かのスチール写真らしい、アップになった青年の若々しいお顔に同情の声をかけたところで、

 「…と。ほらほら、のんびりし過ぎですよ、久蔵殿。」

 それ以上は関心もわかないか、意識をすっぱりと切り替える。大切な家人、愛しい次男坊が部長さんに叱られては可哀想だと。此処は心を鬼にしてのこと、ほれほれと玄関へ促しがてら、テレビのスイッチも切ってしまったが、

 「……。」

 久蔵としては、

  ―― ああまで七郎次にそっくりなお顔だってのに 何で気づかないかなぁと

 気づいてほしかった肝心なことが七郎次へと珍しくも伝わらなかったのへ、おやや?と首を傾げてしまった、ちょっとした朝の一幕だったのだけれど。


  この事故とその報道が、
  人生における大きな転機となってた人たちも居たことを、
  こちらの彼らは知る由もない……。






       ◇◇◇



 およそ一般的な事故事件の情報も、例えば進行中の“務め”へと波及しないか、それを考慮する必要もあるため、一応の確認は行われるのだが。それが上層部へまで届くということはない。いちいち全部を上奏していてはキリがないからで、そういった性質は大きな組織にはよくある話。また、上層部の特殊な事情を知らぬ下層の担当者にしてみれば、正式な一族の者としての“名乗りあげ”を行ってはないお人に関しては、名前や姿が下々にまでは知れ渡っていない場合もあるので。そんな存在と“よく似た人”が取り上げられていても、気づくことなくの“関わりなし”と処理されることも大きにありえて。久蔵が珍しくも今時の芸能人を知ってたことへ、だってのに当のそっくりさんである七郎次が、おやおや微笑ましいことよというお顔をしたのと、どこか事情が似ているのかもしれない。

 “いっこも似てへんて。”

 うあ、いきなりの全否定が飛んで来ましたが。
(苦笑) (くだん)の事故から やや日にちも経っている、こちらは西方の繁華街。

 「…おお、おシチか? 久しいな、良親や。
  ああ、せやねん。
  この暮れの忙しときに悪いんやけど、ちょっと野暮用あってな。
  今日までは旦那
(ダン)さん借りてますよって、
  大掃除や買い出しの手ぇは、久蔵の坊ンで間に合わしてぇな。」

 駅ビルの中にあるショッピングプラザの一角、セルフサービスのカフェらしきテーブルへ、蓋つきのプラスチックカップを片手に陣取って。ほんの先日まではポインセチアの真っ赤が目についた装飾が、今日からは葉牡丹や紅白の玉飾りに差し替えられている年の瀬の風景を、吹き抜けになった上階から見下ろしながら。頬にあてた携帯にて、軽快な声音での連絡を取っている男衆がいて。ここまでいかにもな関西弁を操るにしては、何だか声が若すぎはしないかと。耳にした人々がおややと怪訝そうに振り返って来ての視線を向ける。今時の若い人は、抑揚は仕方がないとしても話し言葉の方は、もう少しほど標準語に近いものを選ぶもの。ましてや電話越しの会話に こんなべたべたな関西弁を繰り出すなんて、一体どこの何ちゃって芸人だろかと、違和感覚えての注目が、だが、

 “……え?”
 “な…っ。”

 もっと違和感感じたそのまま、動かなくなってしまうことも…実はよくあるパターンであり。何せ、どこの問屋の営業さんですかと問いたくなるよな、問屋街は船場風の訛りに間近い話しようをしている御仁が。だというのに…風貌だけなら“抱かれたい男 今年も不動の2位”の福山某にも負けないほどの、めりはり利いた甘いマスクに、モデルばりの長身と小じゃれた装いでのご降臨と来てはねぇ? 生来のくせでもあっての しょうことなしにか、ゆるやかな波を居残したまま、柔らかくまとめた髪はほのかに栗色。切れ長の涼やかな眼差しは、瞬きすればまつげの長さがその目許を淡い陰にて甘く縁取っての印象的で。繊細な線をすっと降ろした鼻梁の末、気品や知性の冴えに引きしまった口許が、自分へと集まった視線に気づいてふわりとほころぶ。いきなり大声出してしもて すいませんなぁと、顔の前へと手のひらを立てて見せる所作こそ どこか愛嬌の滲むそれだったが。その後ろで小粋にウインクして見せたのが、これまた女性陣の胸元を深々と貫いたらしく。うあどうしよう、何であんなカッコいい人がこんなとこにおんの? 知らんやん、そんなん。とりあえず ついったーに書き込むか? それもやけど、マイコにも言うとこ。あの子、いっつもしょーもない男つかまえて“イケメン見た見た”いう見栄張っとぉから…等々。さわさわさわっと周辺にさざ波のような会話が広がったのもまた、こちらの彼にはいつものことで。

 “若いお嬢さんは、ホンマかわいらしねぇ♪”

 興味津々な視線を寄越す人から、あの程度がどうしたの好みじゃないわと視線を逸らしつつ、でもでも意識してはいるのがありあり判るお人まで。自分に正直なトコがまたよろしいと、ほんのりした笑みを口許へと張りつけたままな良親殿ではあったれど。そんな彼のお耳へ届いた、電話の相手のお返事はといえば。

 【 ちょ…良親様、そのようなお話をこういう形で…。】

 今さっきの一通り、受けた側の七郎次が、ややもすれば焦ったような声で返したのは、こたびのこの連絡、微妙に“務め”と関わるお話だったから。言葉という形にすることで、誰ぞに拾われてはのちのちに困らぬか。関係者だったのかと繋がり知られては不味くはないかと、そこをこそ用心してのこと。どんな情報さえ厳密に封をし、箝口令を敷くのが、彼らの間に於ける通信の基本。そうまでせねば、どんな奇禍がその頭上から降りそそぐことか。ひょんな隙からでも、どんな組織からどんな反撃食らうことになるやも知れぬからであり。強かじゃああるが同時に慎重でもあらねばならぬ、だからこその鉄の壁、永の歳月 保持してこれた組織だというに…と。それらを踏まえてのことだろう、正式なという括りをすれば“部外者”にあたろう七郎次の側が焦っているというのは、何とも妙な構図じゃあるが、

 「何言うてんのや。」

 こんなあからさまな格好での連絡であればあるほど、務めとは関わりのない話なのが彼らのセオリー。しかも、西の総代、須磨の支家をまだ四十前だろうこの若さで任されている彼ほどともなれば、

 「実質もう仕事も終わったさかいに、
  今夜にでもそっちへ戻るやろていう先触れやないか。」

 いかにも楽しげに言い足した良親だったのは、何より大切な御主の居所、時折掴めぬ身となる彼を、そんな奥ゆかしい態度、俺にだけは構えるなと、叱ってやりたいほどなのを…これでも何とか押さえての裏返し。何しろ、今の今 俎上に載せたところの御仁はといえば、世間的には商社マンの島田勘兵衛だが、真の素顔は…先に挙げたほどもの苛烈な恨みも山ほど買ってる、途轍もない組織の宗主。その動向や所在が時々消える彼であるのは、務めを滞りなく進めんがためなのと、彼へと関わる家人らを守るためでもあるからで。証しの一族、倭の鬼神とは関わりないはずとされた、そんな自分の立場もあってのこと、定めに忍従するしかないと諦めている七郎次であることが。関わりがない身ならどうしてと、そこの矛盾へ いつだって頑是無い子供のように苛立ってもいるのがこの良親だったりし。

 “いっそ、諏訪の総代として立ってもええんとちゃうん。”

 七郎次がそういう肩書をいただいたからと言って、即日すぐにと住まいから何から書き換えられての、今の生活からそのまま引き離される訳で無し。身体を張るよな危険な任務にしても…采配を統合的に担当しているのは、それなりの部署の合議あってのそれじゃああるが、七郎次には 在宅情報処理を割り振るようにとか何とか、宗主・勘兵衛からの勅命としての致しようが、幾らでもあろうというに。それだと他の部署に強いている、一種“非情な理
(ことわり)”から離脱した、特別扱いされているような立場にならぬか、それを一番に気にするのは七郎次本人じゃなかろうかと。そこをまで深読みした上での躊躇を抱えている勘兵衛らしいことくらい、

 “判れへんよな節穴は、上層部にはおれへんて。”

 お年寄りの皆様にしても、人の情愛が判らぬ木石じゃあない。ただ、それを一般人のレベルで得ることは叶わぬのが、この一族へと求められている公正さや強さの源でもあるものだから…話はややこしい堂々巡りをするしかなくて。

 “せやし。
  たまに、俺みたいなやんちゃが駄々こねるくらいは堪忍したってや。”

 用件はそれだけや、ほななと。手短に告げてのあっさりと会話を切ってしまい。イタリア製の新作スーツを小粋に着こなすその長躯、そして手入れを怠らぬ綺麗な手元、いかに振る舞えば絵になるかを実践しつつの 時間つぶしに戻ったところへ、

 「お、錦秋宴の若社長やんか。」
 「…はい?」

 不意なお声掛けをいただいてしまった。何だ何だと肩越しに振り返ったのと、その当人が同じテーブルへ会釈だけにて落ち着いたのがほぼ同時。久し振りやな、ホンマや、どないしてはったと。親しげな口を利くからには、顔見知りな相手であるようで。錦秋宴というのは、灘の生一本として知られている銘酒の名前。そこの若社長というのが、この、丹羽良親の表向きの顔であり、そんな彼には仕事上の取引相手というお堅い知己もおれば、量販に於ける宣伝にご協力いただいている筋の方々という、少々柔らかい筋の知己もおり。こちらの…肘の形に袖が抜けているその上、この時期だと寒くはないかという軽やかにも薄いジャケットの下、少々派手なシャツにノーネクタイという正体不明ないで立ちのお兄さんは、どうやらそっちの筋にあたる広告会社の知り合いらしく。他愛のない芸能話や競馬に酒にと、ちょっぴり下世話な男同士の話というの、まだ陽の高いうちから繰り出し始めたものだから。どこの貴公子かとこちらへ注目していたクチのお嬢さんがたは、次々に席を立っていかれてしまったものの、

 「…せやせや、こないだあんたが言うてはった坊ンがおったやろ。」

 話題がとあることへと切り替わったのへは、むしろ好都合。聞き耳立てられていなくて助かったと、後になって胸を撫で降ろした良親でもあったとか。というのが、

 「ほら、どこの歌舞伎の色男やねんて言うてはった、
  若手の俳優のくせに古臭い名前の坊ンがおったやんか。」
 「……ああ、せやったかなぁ。」

 とぼけて見せたが忘れるものか。今さっき通話を切った相手にも凄まじいほどよく似た少年のことであり、

 「確か、か…河西七郎次とか、いうてはったなぁ。」
 「せやせや、その坊ンが移動中に大きい事故に巻き込まれてしもて。」

 その一件なら、良親もようよう知っている。何しろ彼にはそちらの七郎次くんのほうにも浅からぬ“縁”がある。向こうは覚えていないかもしれないが、それでも…テレビ画面の中に観ただけで“彼”だとすぐさま判ったほどに、前世での関わりも深かった相手であり。そちらの勘兵衛こと六葩氏が、姿が似ているからと惹かれたらしい こちらの七郎次へのガードがてら。遠路はるばる参加したいと、いつぞやの対決騒動へわざわざ出張ったのだって、彼らとこちらで話がこじれぬよう、何か勃発したらば丸く収まるように陽動せねばと胸のうちにて密かに構えてのことだった。そんな良親が直接当たった格好になったのが、そちらさんもまたお懐かしい存在、見事な銀の髪をひるがえして活躍していた前世の姿そのままに転生していた、かつての上官でもある女傑さんであり。

 “銀龍のネエさんの病院に担ぎ込まれようとはな。”

 過去の記憶を持ったまま、姿もそのままに転生する不思議は、同じ境遇の者らを集める作用まであるものか。先の騒動の最中において、六花会総代・島田勘兵衛の頼もしい懐刀として、女医という生業の傍ら、荒ごとへの暗躍にも加担していたのは、前世の活躍をその身がきっちり覚えておればのことか。雲居銀龍という奇抜な名前と、和人でありながら、なのに…色素の薄さからか見事な銀髪をした風貌と。かつて共に激しい戦線を生き生きた戦友が、過日同様の勇ましさもて、目の前へ降ってわいた驚きと言ったら。

 “正確に言うたら、
  俺との対比は逆転しとぉしての、どなたもちょこっと若かったけども。”

   ……いやまあ、それはもうエエねんけどな。

 微妙に似たようなお役目背負った立場にいるのも、皮肉なくらいにお互い様で。だが、向こうさんは一向にこちらを思い出す気配はないらしく。他の転生人との接触はないままなので、彼女に限った現象かどうか確かめようもないのだけれど。気づかないならそれでもいいさと、選りにも選って、証しの一族と関わりを持ってしまった彼ら彼女らへ、自分で出来る限りのフォローはしてやらにゃあと、思っていたその矢先。

  その傍らにあってこその存在が、
  妙な言い方かも知れぬが 正真正銘あの七郎次が、

 とんだ奇禍がらみではあれ、やっとのこと、御主だった勘兵衛の傍らへにじり寄れそな結果を招きそうだなと。そんなコトの運びであることへ、どれほどのこと安堵した良親だったことだろか。こちらの七郎次への関心も、これですっぱりとふっ切れよう六葩殿なのへ…というのは勿論のこと、大怪我を負ったのは気の毒ながら、それでもやっと繋がった縁
(えにし)の糸なの、密かに喜んでいたほどだったのだが。

 「あの坊ンやけどな。
  何と、むっちゃ怖い筋のお兄さんがたに、
  攫われるみたいにして連れてかれたらしいてな。」

  …………………はい?

 連れてかれた? 怖い筋のお兄さんがたに? いやいやいや、フレーズが乱暴に聞こえるだけかもな。確かに、向こうの勘兵衛様、六葩のニイさんは恐持ての筋のお人には違いないのやし。せやけど……何かどっかおかしないか? 大体、何でこのブン屋の筋のお兄さんがそこまでを知っとぉねんな。あれれ?おやや?と、平仄の合わない話へ眉を寄せた良親の前へ、ジャケットの懐ろへと手を入れて携帯を取り出した彼はといえば、

 「まあ、関西方面へはまだまだ知名度低い子ぉやから。
  どこの局も判断に困ってやろ、ワイドショーでも扱こうてへんと来ては、
  若社長が知らへんのも無理ないことやけど。」

 すぐさっきのことやでと、東京にある本社から送ってもらったらしい、撮れたてピチピチの動画をそこへとご披露くださって……。

 「………………。これて。」
 「なー、凄いやろ。」

 どこの組かまでは調べがついてぇへんらしいし、判ったところで公表されるんかどうかも怪しいトコらしけど。黒塗りのベンツがずらりして、和服の略式礼装した男衆が 徒弟率いてお出迎えやなんて。セーラー服と機関銃やあらへんて言うねんなぁ、と。

 「どこのコスプレやいう色もんの女医さんが主治医やていうのかて、
  結構な話題になっとったトコへのこれや。」

 ますますのこと話題が集まるか、はたまた、もう芸能界へは戻ってけぇへんていう意思表示か。どっちにしてもその筋がらみいうのんはないわなぁと、延々と自分の手柄気取りで話し続ける男の声を、どこまで聞いていられたやら。

 “何しとぉねんな、勘兵衛様。”

 ……と。若気の至りですまへん…もとえ、済まないあれこれ。勝手といや勝手ながら、かつての“部下”で“後輩”が、西の空の下にて頭を抱えてしまっていたりしたのであったのだった。





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  *ががが、頑張りましたが今日のところは時間切れです。
   続きもちょこっとUPしましたが、尻切れトンボですいません。


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